大きな波のむこうに富士山が見える絵を、見たことはありますか。これは『神奈川沖浪裏(かながわおきなみうら)』という、葛飾北斎(かつしかほくさい)の作品です。
北斎は江戸時代に、景色や人々のくらし、動物などをたくさん描いた絵師です。この記事では、北斎が何をした人なのかを、浮世絵(うきよえ)という絵のしくみといっしょに見ていきます。
葛飾北斎はどんな人?
葛飾北斎は1760年に生まれ、1849年に亡くなりました。江戸時代の終わりごろまで、長く絵を描き続けた人です。
北斎は1778年に、浮世絵師の勝川春章(かつかわしゅんしょう)に弟子入りしました。その後は役者、町の人、鳥や花、こわい話の絵など、いろいろな題材を描きました。

その通りです。同じものを一つだけ見て終わりにせず、場所や季節、見る角度を変えて描いたところも、北斎の大事な特徴です。
浮世絵って、どんな絵なの?
浮世絵は、江戸の町で人気だった絵の一つです。町の景色、役者、きれいな服の人、旅先など、そのころの人が見たいと思ったものが題材になりました。
北斎の作品には、筆で直接描く絵もあります。さらに、木版画(もくはんが)という方法で作られた絵もあります。木の板に絵をほり、色ごとに紙へ写していく方法です。
今でいうと、同じ写真を何枚も印刷して友だちに配れるようなしくみを想像すると近いでしょう。ただし、木版画は一色ずつ板を使うため、作る人たちの細かな仕事が必要でした。
富士山をいろいろな場所から描いた『富嶽三十六景』
北斎の代表作に『富嶽三十六景(ふがくさんじゅうろっけい)』があります。富嶽とは富士山のことです。北斎は70代前半に、このシリーズを含む風景の錦絵(にしきえ)を制作しました。
『神奈川沖浪裏』もこのシリーズの一つです。大きな波が目立ちますが、奥には小さく富士山が描かれています。波だけでなく、海で働く人や、遠くの山まで見てみると、新しい発見があります。

富士山は、同じ山でも見る場所や天気で見え方が変わります。北斎は富士山だけを大きく描くのではなく、橋の上、町の中、海辺など、いろいろな場所から見える富士山を作品にしました。
『北斎漫画』は、今の漫画と同じ?
北斎には『北斎漫画(ほくさいまんが)』という本もあります。しかし、これは今のように、こまを追って物語を読む漫画と同じ意味ではありません。
人、動物、道具、景色などを描いた、絵を学ぶための手本に近い本です。すみだ北斎美術館によると、北斎は1812年から1829年ごろ、絵手本づくりに力を入れました。
絵を見てまねをしながら学ぶ人がいたことを考えると、北斎は作品を作るだけでなく、絵の見方や描き方を広げる助けもした、と考えられます。
北斎の絵を見るときの3つのヒント
- 何が描かれているかを探します。人、道具、建物、山、海などを数えてみましょう。
- どこから見ている絵かを考えます。高い所からか、船の上か、町の中かで景色は変わります。
- 同じ題材を比べます。『富嶽三十六景』のように、富士山がどこにあるか、どんな大きさかを見ると面白いです。
絵の答えは一つに決めなくてもかまいません。「わたしにはこう見えた」と、絵の中のものを根拠に話すことが大切です。
同じ江戸時代の浮世絵師については、歌川広重や喜多川歌麿の記事も読むと、何を描いたかの違いを比べられます。
今日のポイント
- 葛飾北斎は1760年生まれ、1849年没の江戸時代の絵師です。
- 浮世絵では、町の人、景色、役者など、さまざまな題材が描かれました。
- 『富嶽三十六景』は富士山を主題にした代表作で、『神奈川沖浪裏』も入っています。
- 『北斎漫画』は、今の物語漫画とは少しちがう、絵を学ぶための手本です。
- 絵を見るときは、何が描かれ、どこから見え、どう比べられるかを考えてみましょう。
よくある質問(FAQ)
葛飾北斎は何をした人ですか?
江戸時代に浮世絵や絵手本を作った絵師です。富士山を主題にした『富嶽三十六景』で特によく知られます。
『神奈川沖浪裏』は何の絵ですか?
大きな波と船、その向こうの富士山を描いた浮世絵です。北斎の『富嶽三十六景』に含まれます。
北斎漫画は、今の漫画と同じですか?
同じではありません。人や動物などをたくさん描いた、絵を学ぶための手本に近い本です。

