マリー・キュリーは何をした人?発見と二つのノーベル賞を小学生向けに解説

左に小学生でもわかるマリー・キュリーの文字、右にノートへ観察を書き留める女性科学者と科学道具を描いた教育イラスト 歴史・社会
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マリー・キュリーは、見えないはたらきをする物質を、ねばり強く調べた科学者です。ポロニウムとラジウムという二つの元素を見つけ、ノーベル賞を二度受けました。

けれども大切なのは、名前や賞の数だけではありません。この記事では、キュリーが何を確かめ、そこからどんな科学の考え方が見えてくるのかを、いっしょに見ていきます。

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マリー・キュリーはどんな人?

マリー・キュリーは1867年に、今のポーランドのワルシャワで生まれました。のちにフランスのパリで物理と数学を学び、科学の研究を続けた人です。

キュリーは、まだよくわかっていなかった放射能(ほうしゃのう)を調べました。放射能とは、ある物質が目に見えない力のようなものを出す性質のことです。

だいち
だいち
放射能って、目で見えないのに、どうやって調べるの?

見えないことでも、道具を使って比べたり、数を記録したりすると、ちがいを見つけられます。キュリーたちも、いろいろな物質を調べて、同じように確かめました。

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何を調べて、何を見つけたの?

1896年、アンリ・ベクレルが、ウランという元素から出る不思議なはたらきを発見しました。これをきっかけに、マリーと夫のピエール・キュリーは、鉱石(こうせき)をくわしく調べ始めます。

鉱石とは、金属などのもとになる物質をふくむ石です。二人は鉱石の中に、ウランだけでは説明できないほど強いはたらきがあると気づきました。

そして1898年に、ポロニウムとラジウムという二つの元素を発見しました。元素とは、これ以上ほかの物質に分けられない、物質のもとになる種類のことです。

ただし、これらの物質は安全にあつかうための専門的な知識と設備が必要です。家でまねして調べるものではありません。

先生
先生
「見つけた」と言う前に、何度も比べて記録することが、科学では大切です。
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二つのノーベル賞は何に対するもの?

キュリーは1903年に、ピエール・キュリー、アンリ・ベクレルとともに、ノーベル物理学賞を受けました。放射能に関する研究が評価されたためです。

さらに1911年には、ラジウムとポロニウムの研究によって、ノーベル化学賞を受けました。一つの賞だけでなく、ちがう分野でも研究が認められたことが、大きな特徴です。

ノーベル賞は、世の中に役立つ大切な研究や活動をたたえる賞です。でも、賞を目標にするだけで研究が進むわけではありません。まずは「なぜだろう」と問い、確かめることから始まります。

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研究から、どんなことを学べる?

キュリーの研究では、すぐに答えを決めつけず、物質を比べて結果を確かめました。この姿勢は、学校の理科にもつながります。

たとえば、植物の育ち方を調べるなら、毎日同じ時刻に高さを測り、ノートに書きます。一度だけ見た結果ではなく、何回か比べると、変化がわかりやすくなります。

キュリーは1914年にパリのラジウム研究所で、物理・化学の研究を指揮しました。研究は一人だけのひらめきではなく、資料、道具、仲間との協力でも進みます。

科学者の仕事は、知らないことに出会ったとき、「本当かな」と落ち着いて確かめる仕事でもあるのです。

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ほかの科学者の記事も読んでみよう

病気の原因を調べた野口英世や、電気の使い方を考えたエジソンの記事も読むと、科学者にはいろいろな調べ方があるとわかります。

空や地球の動きを考えたガリレオ・ガリレイと比べると、「観察して確かめる」という共通点も見つけられます。

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今日のポイント

  • マリー・キュリーは、放射能を研究した科学者です。
  • マリーとピエール・キュリーは、1898年にポロニウムとラジウムを発見しました。
  • キュリーは1903年にノーベル物理学賞、1911年にノーベル化学賞を受けました。
  • 科学では、比べること、記録すること、何度も確かめることが大切です。
  • 安全に専門知識が必要な物質は、家でまねしてあつかいません。
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よくある質問(FAQ)

マリー・キュリーは何をした人ですか?

放射能を研究し、ポロニウムとラジウムを発見した科学者です。1903年にノーベル物理学賞、1911年にノーベル化学賞を受けました。

マリー・キュリーは何を発見しましたか?

マリー・キュリーとピエール・キュリーは、1898年にポロニウムとラジウムを発見しました。どちらも放射性をもつ元素です。

なぜノーベル賞を二回受けたのですか?

放射能に関する研究で1903年の物理学賞を、ラジウムとポロニウムの研究で1911年の化学賞を受けたからです。

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参考資料