幕末(ばくまつ)のヒーローといえば、やっぱり坂本龍馬(さかもとりょうま)を思い浮かべるよね。
そして、アメリカから帰ってきた伝説の漂流者(ひょうりゅうしゃ)、ジョン万次郎(まんじろう)。
実はこの二人、同じ土佐(とさ=今の高知県)の出身なんだけど、本当はどんな関係だったのかな?
今回は、教科書には載っていない二人の「不思議なつながり」を、わかりやすく解説するよ!
坂本龍馬とジョン万次郎は「直接」会ったことがあるの?



実は、坂本龍馬とジョン万次郎が「直接会って話をした」という確かな記録は残っていないんだ。
今のところ、二人が対面したという証拠は見つかっていないんだよ。
でも、がっかりしないでね。
二人は直接会わなくても、ある人物を通して魂(たましい)でつながっていたと言えるんだ。
まるで、直接会ったことはないけれど、SNSや動画で大きな影響を受ける現代の憧れの人みたいな関係だったのかもしれないね。
二人をつないだ「心の師匠」河田小龍(かわだしょうりゅう)


その人物の名前は、河田小龍(かわだしょうりゅう)という絵師(えし)さんだよ。
万次郎がアメリカから帰ってきたとき、そのお話を聞き取って本にまとめたのが小龍だったんだ。
そして、若き日の龍馬は、この小龍の家を訪ねて「世界の広さ」を教えてもらったんだよ。
小龍は龍馬に、「万次郎という男がアメリカで見てきた世界は、こんなにすごかったんだぞ!」と熱く語ったんだ。
龍馬にとって万次郎は、小龍先生を通じて知った「世界への扉を開けてくれた憧れの存在」だったんだね。
龍馬が受けた「ジョン万次郎」からの大きな影響


当時の日本は、生まれた家柄(いえがら)で一生が決まってしまう、とても窮屈(きゅうくつ)な社会だったんだ。
でも、万次郎が伝えたアメリカの話は、「頑張れば誰でもリーダーになれる」という夢のような内容だったよ。
龍馬がのちに作った「海援隊(かいえんたい)」という会社のような組織(そしき)も、万次郎がアメリカで見た自由な働き方がヒントになったと言われているんだ。
龍馬の「日本を洗濯(せんたく)したい(新しく作り直したい)」という大きな夢の種は、万次郎が持ち帰ったアメリカの風によって芽生えたのかもしれないね。
実は身近なところでニアミスしていた?!


龍馬と万次郎は、幕末の激動(げきどう)の中で同じ空気を吸っていた時期があるんだ。
例えば、龍馬の親友である後藤象二郎(ごとうしょうじろう)は、万次郎から直接英語や航海術を教わっていたんだよ。
また、龍馬が有名な「船中八策(せんちゅうはっさく)」という新しい国のプランを考えたとき、その舞台となった船は万次郎が購入に関わった船だったんだ。
直接言葉は交わさなくても、龍馬の周りにはいつも万次郎の影(かげ)があったんだね。
まるで、バトンを渡すように、万次郎が持ってきた「世界の知識」を龍馬が「行動」に変えていったんだよ。
まとめ
- 坂本龍馬とジョン万次郎が直接会ったという記録はない。
- 絵師の河田小龍を通じて、龍馬は万次郎のアメリカ体験を詳しく知っていた。
- 万次郎の「自由と平等」の教えが、龍馬の新しい国づくりのヒントになった。
- 龍馬の親友や使っていた船など、二人の周りにはたくさんの共通点があった。
二人は直接会うことはなかったかもしれないけれど、同じ「日本の未来」を夢見た仲間だったんだね。
万次郎が命がけで持ち帰った「世界」というバトンを、龍馬がしっかり受け取って走り抜けたからこそ、今の日本があるんだよ。
次に龍馬や万次郎の銅像(どうぞう)を見るときは、この不思議な絆(きずな)を思い出してみてね!
