山形県の歴史を語るうえで欠かせないヒーロー、最上義光(もがみよしあき)について知っていますか?
名前はちょっと難しそうだけど、実はとっても人間味にあふれていて、領民(まちの人たち)からすごく愛されたお殿様なんだ。
戦国時代を生き抜いた強さだけでなく、思わず笑っちゃうような面白いお話もたくさんあるよ。
今日は、最上義光がどんなすごいことをして、どんな人だったのかを一緒にのぞいてみよう!



最上義光ってどんな人?山形を大きくした「出羽の虎」
最上義光は、今の山形県を中心に活躍した戦国大名だよ。
もともとは小さな勢力だった最上家を、東北でも指折りの大きな勢力に成長させたすごい人なんだ。
身長が180センチくらいあって、当時としてはかなりの大男だったと言われているよ。
戦いでは「虎」のように強かったから、「出羽の虎(でわのとら)」なんて呼ばれることもあったんだ。
でも、ただ強いだけじゃなくて、頭を使って平和を守るのも得意な、とっても賢いリーダーだったんだよ。



鮭が大好きすぎて「鮭様」と呼ばれた!?面白いエピソード
義光には、思わずほっこりしちゃうようなあだ名があるんだ。
それは、なんと「鮭様(さけさま)」!
義光はとにかく鮭が大好物で、自分の領地で鮭がたくさん獲れるようになると、大喜びで家臣や友達の徳川家康にもプレゼントしていたんだよ。
「鮭を贈るから、みんなで美味しく食べてね!」という手紙も残っているくらいなんだ。
強い武将なのに、好きな食べ物のことで頭がいっぱいになっちゃうなんて、なんだか親近感がわくよね。
また、家臣たちと一緒にご飯を食べるのが大好きで、身分に関係なくみんなで同じ鍋を囲むような、心の優しいお殿様だったんだ。



山形のまちを豊かにした!義光のすごい功績
義光がした一番の仕事は、山形を住みやすい豊かな土地に作り替えたことだよ。
例えば、こんなことをしたんだ。
- 最上川の工事:大きな船が通れるように川の岩を削って、荷物を運びやすくしたんだ。
- 商売を応援:市場(いち)を開いて、商売にかかる税金を安くして、まちを賑やかにしたよ。
- お米作りを助ける:田んぼに水を引くための大きな水路を作って、お米がたくさん獲れるようにしたんだ。
今の山形市にある「霞城公園(かじょうこうえん)」は、義光が大きくした山形城の跡地なんだよ。
今の山形の特産品や賑わいの土台は、この時に義光が一生懸命作ってくれたものなんだ。



「奥州の関ヶ原」を戦い抜いた勇気
日本を二分する大きな戦い「関ヶ原の戦い」があったとき、東北でも激しいバトルが起きたんだ。
義光は徳川家康の味方として、攻めてきた上杉軍の大軍を相手に、少ない人数で山形を守り抜いたよ。
これが有名な「長谷堂城(はせどうじょう)の戦い」だよ。
義光は自ら馬に乗って先頭に立ち、敵に向かっていったという伝説も残っているんだ。
この戦いに勝ったことで、義光は徳川家康から認められ、57万石という超ビッグな大名になったんだよ。
これは当時の日本でベスト5に入るくらいのすごさだったんだ!



まとめ
最上義光は、山形の人々を愛し、愛された最高のお殿様だったんだね。
最後に、義光についての大切なポイントをまとめるよ。
- 山形を東北有数の大きな国にした、とっても強いお殿様!
- 鮭が大好きで、家臣とも仲良しな「鮭様」という一面があった。
- 最上川の工事やまちづくりをして、今の山形の基礎を作った。
- 「関ヶ原の戦い」で山形を守り抜き、日本でも指折りの大名になった。
山形に行ったときは、ぜひ義光さんの銅像に「ありがとう」って言ってみてね!

