小栗忠順がすごいと言われる理由は?小学生でもわかる「明治の父」の功績と最期

小栗忠順 歴史・社会
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「小栗忠順(おぐりただまさ)」という名前を聞いたことはあるかな?
教科書ではあまり大きく紹介されていないけれど、実は今の日本があるのはこの人のおかげと言われるほど、すごいことをした武士なんだ。

あの西郷隆盛や勝海舟と同じ時代に生きて、日本の未来のために一生懸命働いた人だよ。

先生
先生
今日は、幕末のヒーローの一人、小栗忠順さんについて勉強するよ。
だいち
だいち
おぐり……ただまさ?聞いたことないなぁ。有名な人なの?
さくら
さくら
私は大河ドラマのニュースで見たことあるかも!どんなことをした人なのかな?
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アメリカでびっくり!「ネジ」1本から始まった日本の大改造

江戸時代の終わりごろ、小栗忠順は幕府の命令でアメリカへ渡ったんだ。
そこで彼は、アメリカの進んだ技術を見て、心からびっくりしたんだよ。
特に、大きな工場で機械がテキパキと動いている様子を見て、「日本もこれを作らなきゃ、外国に負けてしまう!」と強く感じたんだ。

小栗さんは、アメリカの工場に落ちていたたった1本の「ネジ」を記念に持ち帰ったと言われているよ。
「いつか日本でも、こんなに精密なネジが作れる国にするんだ」という決意の証だったんだね。

だいち
だいち
ネジ1本でそんなに感動したの?ネジなんてどこにでもあるのに。
先生
先生
当時の日本には、そんな小さな部品を同じ形でたくさん作る技術がなかったんだよ。
さくら
さくら
だから、アメリカのすごさをネジ1本で思い知ったんだね。
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横須賀に巨大な「船の病院」を作った!

帰国した小栗忠順が最初に取り組んだ大きな仕事は、「横須賀製鉄所(今の横須賀造船所)」を作ることだったんだ。
これは、大きな軍艦を修理したり、新しく作ったりするための巨大な工場だよ。
周りの人たちは「お金がかかりすぎる!」と大反対したけれど、小栗さんはあきらめなかったんだ。

「もし幕府がなくなっても、この工場は日本の宝として残る。だから作るんだ」と言って、フランスの力を借りて完成させたんだよ。
この工場があったおかげで、日本は後に自分たちの手で立派な船を作れるようになったんだ。

さくら
さくら
自分の会社(幕府)がなくなっても、日本のために残そうとしたなんて、かっこいい!
だいち
だいち
まさに「日本の未来」を考えていたんだね。
先生
先生
そうだね。実際にこの造船所は、明治時代になってもずっと使われたんだよ。
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勝海舟との違いは?「戦うか、平和にするか」

幕末の有名人といえば勝海舟だけど、小栗忠順とは考え方が全然違ったんだ。
幕府と新政府が戦いそうになったとき、勝海舟は「話し合いで平和に解決しよう」と考えたけれど、小栗さんは「正々堂々と戦って幕府を守るべきだ」と主張したんだよ。

結局、将軍様は勝海舟の意見を選んだから、小栗さんはお仕事を辞めて、群馬県の静かな村に引っ込むことにしたんだ。
でも、小栗さんの考えた「国の守り方」はとても鋭くて、後に新政府の人たちも「もし小栗の作戦通りに戦われていたら、自分たちは負けていた」と怖がったほどなんだよ。

だいち
だいち
小栗さんって、すごく頭が良かったんだね。
さくら
さくら
でも、戦うことを選んだから、最後はどうなっちゃったの?
先生
先生
そこがとても悲しいお話なんだけど、大切なところだから説明するね。
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悲しい最期と「明治の父」と呼ばれる理由

村で静かに暮らしていた小栗忠順だったけれど、新政府の軍に「悪いことを企んでいる」と疑われて捕まってしまったんだ。
小栗さんは何も悪いことをしていなかったけれど、十分な調べもされないまま、命を奪われてしまったんだよ。

でも、彼が作った造船所や、彼が考えた「新しい日本の仕組み」は、明治時代になってから新しい政府にそのまま引き継がれたんだ。

だから、有名な歴史家の司馬遼太郎さんは、小栗さんのことを「明治という国家の父」の一人と呼んで、高く評価しているんだよ。

さくら
さくら
何もしてないのに命を落とすなんて、ひどすぎるよ……。
だいち
だいち
でも、小栗さんが作ったものが今の日本を支えているなら、小栗さんは負けてないね!
先生
先生
その通り。小栗さんの努力は、今の日本の技術力として生き続けているんだ。
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まとめ

  • アメリカでネジを見て、日本の近代化が必要だと決意した。
  • 日本の宝となる「横須賀造船所」を大反対を押し切って作った。
  • 勝海舟とは違う考えを持っていたが、天才的な戦略家だった。
  • 無実の罪で命を落としたが、その功績から「明治の父」と呼ばれている。