奈良時代という大昔に、みんなのために一生懸命がんばった「光明皇后(こうみょうこうごう)」という女の人がいました。
彼女はただの皇后様ではなく、今の病院や福祉施設のようなものを日本で初めて作った、とっても心の優しい人だったんだ。
どうして彼女が今でも歴史の教科書に載っているのか、その理由を一緒に見ていこうね。
この記事を読めば、光明皇后がどんなにすごい人だったのかがバッチリわかるようになるよ。
光明皇后ってどんな人?日本で初めての特別な皇后様
光明皇后は、奈良時代に活躍した聖武天皇(しょうむてんのう)の奥さんだよ。
実は彼女、それまでの歴史の中で「皇族(天皇の親戚)以外で初めて皇后になった」という、とっても珍しい人だったんだ。

先生
光明皇后は、藤原不比等という当時のとても力を持っていた人の娘さんだったんだよ。

だいち
へぇ〜!お姫様じゃなくても皇后様になれたんだね!

さくら
きっと、すごく頭が良くて信頼されていた人だったんだろうな。
当時の日本は、病気が流行ったり食べ物が足りなかったりと大変な時期だったから、みんなを救いたいという強い気持ちを持っていたんだね。
病気の人を助ける「せやくいん」と「ひでんいん」を作った!
光明皇后がしたことで一番有名なのは、困っている人を助けるための施設を作ったことだよ。
今でいう「病院」や「老人ホーム」のような場所を、なんと1300年も前に作っていたんだ。

だいち
えっ!そんな昔に病院があったの?

先生
そうなんだ。名前を「施薬院(せやくいん)」と「悲田院(ひでんいん)」と言うんだよ。
「悲田院」は、身寄りのないお年寄りや、親を亡くした子供たちが安心して暮らせる場所だったんだよ。
自分の力だけでは生きていけない人たちを、国が責任を持って助ける仕組みを考えたんだね。
これは、今の日本の福祉のルーツとも言える素晴らしいアイデアだったんだよ。
1000人のお風呂!?光明皇后の優しい伝説
光明皇后には、彼女の優しさが伝わるとっても不思議な伝説が残っているんだ。
それは、彼女が「1000人の人の体を、自分でお風呂に入れて洗ってあげる」と決めた時のお話だよ。

さくら
ええっ!皇后様が自分でお風呂に入れてあげるなんて信じられない!

先生
それだけ、みんなの苦しみを取り除いてあげたいと思っていたんだね。
でも、光明皇后は嫌な顔一つせず、その人の体を丁寧に洗ってあげたんだよ。
すると、その人はまぶしく光り輝いて、仏様に姿を変えて空へ昇っていったと言われているんだ。
これは「阿閦如来(あしゅくにょらい)」という仏様が、彼女の優しさを試したという伝説なんだよ。
このお話からも、彼女がどんな相手でも分け隔てなく大切にしたことがわかるよね。
彼女の優しさは、まさに仏様のような心だったんだ。
東大寺の大仏作りを支えた大きな力
奈良の有名な「東大寺の大仏様」を作ろうと言い出したのは聖武天皇だけど、それを一番近くで支えたのが光明皇后だったんだ。
大仏様を作るには、ものすごくたくさんのお金や人手が必要で、反対する人もいたんだよ。

だいち
あんなに大きな大仏を作るのは、やっぱり大変だったんだね。

さくら
光明皇后は、どうやって助けたの?

先生
彼女は自分の持っている宝物やお金をたくさん寄付して、みんなのお手本になったんだよ。
大仏様が完成したあと、彼女が亡くなった時に、彼女が大切にしていた宝物は「正倉院(しょうそういん)」という蔵に納められたんだよ。
その宝物は今でも大切に残されていて、当時の文化を私たちに伝えてくれているんだ。
光明皇后は、日本の文化や平和の基礎を作ったといっても過言ではない、リーダーシップのある女性だったんだね。
まとめ
- 光明皇后は、奈良時代の聖武天皇の奥さんで、困っている人を助けるために一生懸命だった人だよ。
- 世界で初めてに近い、無料の病院(施薬院)や福祉施設(悲田院)を作って、病気の人や孤児を救ったんだ。
- 1000人の体を洗ったという伝説があるほど、誰にでも優しい仏様のような心を持っていたんだよ。
- 東大寺の大仏作りを支えたり、正倉院に宝物を残したりと、日本の文化にも大きな影響を与えたんだ。


