昔々の日本に、とっても心優しい「仁徳天皇(にんとくてんのう)」という王様がいました。
教科書に出てくる「世界で一番大きなお墓」を作った人としても有名なんだよ。
でも、ただお墓がすごいだけじゃなくて、みんなの暮らしを一番に考えた素敵なエピソードがたくさんあるんだ。
今回は、仁徳天皇がどんなことをしたのか、小学5年生のみんなにもわかるように優しく紹介していくね。



煙が立たない!みんなを救った「民のかまど」の伝説
仁徳天皇の物語で一番有名なのが「民のかまど」というお話だよ。
ある日、仁徳天皇が高い山から町を見渡したとき、どこの家からも料理を作る煙が出ていないことに気づいたんだ。
「みんなのご飯を作る火が立っていないのは、食べるものがなくて貧しいからに違いない」と、天皇はとても悲しんだんだよ。
そこで仁徳天皇は、なんと3年間も税金(みんなが国に払うお金)をとるのをやめたんだ。
さらに、自分の住んでいる宮殿がボロボロになっても修理をせず、雨漏りがしても我慢して暮らしたんだよ。
「国民が貧しいなら、私も贅沢はしない」と考えたんだね。
3年が経ち、町から再びたくさんの煙が上がるのを見て、天皇はようやく安心したと言われているんだ。


ピラミッドより大きい?世界最大級の「仁徳天皇陵古墳」
大阪府の堺市には、仁徳天皇のお墓とされる「仁徳天皇陵古墳(にんとくてんのうりょうこふん)」があるよ。
上から見ると「鍵穴」のような形をしていて、その大きさは全長486メートルもあるんだ!
これは、エジプトのピラミッドや中国の始皇帝のお墓と並んで、世界三大お墓の一つと言われているんだよ。
これほど巨大なお墓を作るには、毎日1000人の人が働いても、完成までに15年以上かかった計算になるんだ。
こんなに立派なお墓を作れたのは、仁徳天皇がそれだけ多くの人から尊敬されていた証拠かもしれないね。
今は周りにお水が張られていて、森のようになっているけれど、昔はキラキラした石が敷き詰められていたんだよ。


水害からみんなを守る!日本初の大きな工事に挑戦
仁徳天皇は、優しいだけじゃなくて「エンジニア」のようなすごい才能も持っていたんだ。
昔の大阪は、雨が降るとすぐに川が溢れて、田んぼや家がめちゃくちゃになってしまう場所だったんだよ。
そこで仁徳天皇は、「難波の堀江(なにわのほりえ)」という新しい川を掘る工事を始めたんだ。
これは、溜まってしまうお水を海へ逃がすための大きな通り道を作る、日本で初めての治水工事だったんだよ。
さらに、川の横に「茨田堤(まむたのつつみ)」という長い堤防も作って、お水が溢れないように守ったんだ。
このおかげで、みんなが安心して農業ができるようになり、たくさんのご飯が作れるようになったんだね。


なぜ「聖(ひじり)」と呼ばれるの?仁徳天皇が愛される理由
仁徳天皇は、後世の人たちから「聖帝(ひじりのみかど)」と呼ばれているんだ。
「聖」というのは、とても賢くて立派な徳を持っている、という意味だよ。
どうしてそこまで褒められているかというと、「民の幸せは、私の幸せである」という考えをずっと持ち続けたからなんだ。
教科書にはお墓のことが大きく載っているけれど、その裏には「みんなが困らないように」という優しい心があったんだね。
自分のことよりも、周りの人のことを大切にするリーダーだったからこそ、今の私たちまでその名前が伝わっているんだよ。
みんなも仁徳天皇のように、周りの人を笑顔にできる人を目指せると素敵だね。


まとめ
仁徳天皇がどんな人だったか、最後に大事なポイントをまとめるね。
- 「民のかまど」の伝説:みんなが貧しい時は、自分も贅沢をせずに税金を免除した優しい王様。
- 世界最大級のお墓:大阪にある「仁徳天皇陵古墳」は、ピラミッドよりも広い面積を持つ巨大なお墓。
- 水害を防ぐ工事:日本で初めての大きな川の工事を行い、みんなが安心して暮らせる土地を作った。
- 聖帝(ひじりのみかど):国民のことを第一に考えたので、最高に立派な王様として尊敬されている。
仁徳天皇は、今の日本が豊かになるための「基礎」を築いてくれた、とても大切な人なんだよ。
次に教科書で大きなお墓の写真を見たら、この優しい王様のことを思い出してみてね!

