岩倉具視は明治時代に新しい日本をつくるために、とっても大切な役わりをした人なんです。
たとえば、「岩倉使節団(いわくらしせつだん)」というチームをつくって外国に行き、日本の未来に必要なことを学んできました。
それだけでなく、明治維新(めいじいしん)と呼ばれる日本の大きな変化にも関わっていたんです!
この記事では、小学生でもわかるように、岩倉具視がどんな人で、何をしたのかをやさしく解説します。一緒に学んでみましょう!
岩倉具視は「新しい日本」を作るために活やくした人

岩倉具視って、どんな人?
岩倉具視(いわくらともみ)は、明治時代に大活やくした政治家です。
もともと京都で生まれた公家(くげ)という人たちの一人でした。
明治時代は、日本が昔の「侍(さむらい)」の時代から、外国とつながる新しい国になろうとしていた時期です。
そのときに、岩倉具視は「どうやったら日本をもっとよくできるか」を考えました。


岩倉具視の大きな仕事
岩倉具視が有名なのは、「岩倉使節団(いわくらしせつだん)」をつくって外国に行ったことです。
岩倉使節団は、今でいうと「外国のすごいところを勉強して、日本をよくするためのチーム」のようなものです。
明治4年(1871年)に、岩倉具視はほかのえらい人たちと一緒にアメリカやヨーロッパに行きました。
そこで見たことを日本に持ち帰って、「新しい日本」を作るためのアイデアを出したのです。


明治維新と岩倉具視
岩倉具視は、明治維新という日本の大きな変化にも関わっていました。
明治維新とは、日本が新しい時代に向かうために、侍の時代を終わらせて、天皇を中心とした国を作り直すことです。
岩倉具視は、これを成功させるために周りの人たちをまとめて、大切なアイデアを出したり、計画を進めたりしました。
その結果、日本は外国に負けない新しい国を作ることができたのです。

岩倉使節団の旅で学んだこと

岩倉使節団の目的
岩倉具視が率いた岩倉使節団(いわくらしせつだん)は、明治4年(1871年)に出発しました。
この旅の目的は、日本が外国と対等(たいとう)に付き合うために必要なことを学ぶことでした。
当時、日本はまだ新しい国づくりの途中で、外国と貿易(ぼうえき)や約束ごとをするためには、もっと国を強くする必要があったのです。
だから、岩倉具視たちは「外国のいいところを見て、日本の未来に役立てよう」と考えました。


旅の途中で見た外国のすごいところ
外国の国々では、工場や学校、政治の仕組みが日本とは違って、とても発達(はったつ)していました。
たとえば、アメリカでは大きな工場で、たくさんの人が一緒に働いている様子を見ました。
また、イギリスやフランスでは鉄道や橋など、すごい建物や交通の仕組みを見て、日本にもこういうものが必要だと思ったのです。


学んだことを日本にどう生かしたの?
岩倉具視たちは、外国で見たすごい技術(ぎじゅつ)や仕組みを日本に持ち帰り、「新しい日本づくり」に生かしました。
たとえば、学校をもっと多く作ったり、鉄道を敷いたりしました。
また、外国との約束(条約)の見直しも考えました。
これは、日本がもっと強くなって、外国と同じ立場で付き合えるようにするためです。

明治維新で岩倉具視が果たした大切な役割

そもそも明治維新って何?
明治維新(めいじいしん)は、江戸時代から明治時代に変わるときに起きた大きな改革(かいかく)のことです。
それまで日本をまとめていたのは「将軍(しょうぐん)」でしたが、これをやめて天皇を中心とした国づくりを始めました。
明治維新の目的は、侍の時代から抜け出して、外国に負けない新しい日本を作ることでした。
このとき、岩倉具視は天皇を支える大切な役割をしていたのです。


岩倉具視の作戦
岩倉具視は、天皇の力をしっかりさせるために「王政復古(おうせいふっこ)」という動きをサポートしました。
これは、昔のように天皇が国の中心になる形を取り戻そう、という計画です。
また、薩摩(さつま)や長州(ちょうしゅう)という強い藩(はん)の人たちを味方につけるように働きかけました。
彼は、いろいろな人の意見を聞いて、みんなが協力できるようにしたのです。


岩倉具視が残したもの
明治維新のおかげで、日本は天皇を中心とした国に生まれ変わりました。
このとき、岩倉具視がいなければ、みんながまとまらなかったかもしれません。
さらに、彼は明治政府で大臣(だいじん)としても活やくしました。
新しい法律を作ったり、学校を増やしたりして、日本の未来を明るくするためにがんばりました。

岩倉具視のユニークな性格と人となり

岩倉具視ってどんな人?
岩倉具視は、頭が良くて冷静に物事を考えることが得意でした。
でも、それだけではありません。とても正直で、時には周りの人に厳しいことを言うこともありました。
彼は「日本をもっと良い国にしたい」という強い思いを持っていたので、少しでも良くないと思うことにはしっかり意見を言ったのです。
そのため、「ちょっとこわい」と思われることもあったそうです。


ユニークなエピソード
岩倉具視には、ユニークなエピソードもたくさんあります。
たとえば、彼は毎朝、きちんと顔を洗ってひげを整えるなど、自分の身だしなみに気を使っていました。
また、外国に行ったときに「スーツ」を着ることを決めたのも、彼のアイデアです。
当時の日本では、まだ和服が一般的でしたが、岩倉具視は「外国の人たちに失礼がないように」と考えて、スーツを取り入れたのです。


家族や仲間への思いやり
岩倉具視は、家族や仲間をとても大切にしました。
外国への旅では、長い間家族と離れることになりましたが、手紙を何度も書いて、家族への思いを伝えていたそうです。
また、仲間たちが意見を言いやすいように場を整えたり、困っている人には積極的に助け舟を出したりする一面もありました。

まとめ

岩倉具視は、明治時代に「新しい日本」を作るために活やくした、とても大切な人物でした。
彼は「岩倉使節団」を率いて外国に行き、日本に必要な知識や技術を持ち帰りました。
また、明治維新では、みんなをまとめて、天皇を中心とした国を作るために力を尽くしました。
さらに、彼のチャレンジする心や、周りの人を大切にする姿勢は、今の私たちにも大切なことを教えてくれます。
「失敗を恐れずに挑戦すること」「仲間と協力して物事を進めること」は、学校や日常生活でも大事な考え方です。
